中学生でも楽しく分かる日本の歴史⑨聖武天皇と大仏! 行基と登場!
前回は、長屋王と藤原の四子が権力争いを行うところから始まり、藤原の四子が長屋王の呪いで全滅させられるところまで書いていきました。
下にYouTube解説あり。
みなさんにも覚えてほしいのが、聖武天皇と言えば、仏教なんです。
お坊さんの偽物が大量発生!
聖武天皇は国家レベルで仏教を広めていくために僧の事を保護していました。お坊さんとして出家したら、税払わなくても良いとかってなってました。
この頃、班田収授法は「三世一身法」も導入されてます。開墾したら孫までは貸したるってやつです。
とりあえず、みんな税なんて払いたくないんです。
だから自分の頭丸めて、坊さんになろうとするんですね。税払いたくないだけの出家者もどきです。偽僧が多発します。
「出家詐欺です。」こういった偽物の僧のことを「私度僧(しどそう)」って言います。仏教の事なんて何にも知りません。
ただのスキンヘッドの集団です。
こういうことが起きた時代って知っていたら、聖武天皇のことは覚えられます。
遣唐使派遣! 唐の戒律!
「聖武天皇!丸坊主の私度僧(偽僧)が多発してます!」
「なんでなん?」聖武
「税払いたくない奴らです。不純な理由で頭だけ丸めてます。」
「マジかあ・・・唐もこんな感じで丸坊主流行ってる?」聖武
「いやいや、唐は偉いお坊さんが ≪戒律≫ を教えてますから、偽物なんて出てません。おっても注意してまっせ」
「戒律って何なん?」聖武
「自分のことを戒めて、生活を律しようって感じです」
「そうなんや。じゃあ、≪戒律≫って言うのが大事なんやね?そしたら遣唐使送って教えてもらってきて」聖武
という流れで遣唐使派遣が決まります。二人の僧が唐へ向かいます。
この二人があの有名な高僧と出会うのですが、唐で9年修行するので、その間の日本の出来事を先に書きます。
藤原広嗣の乱
この頃、政治の中心にいたのは「橘諸兄(たちばなのもろえ)」です。あとは留学生の「吉備真備(きびのまきび)」と留学僧の「玄昉(げんぼう)」とかも頑張っていました。
この橘諸兄も長屋王みたいに皇族です。ってことは「藤原」に嫌われてました。四兄弟の一人の息子に「藤原広嗣」っていました。この人、九州で働かされてました。だから不満が凄いです。
この藤原広嗣が反乱を起こします!が、鎮圧されます。
聖武天皇遷都しまくり問題勃発
聖武天皇は「権力者の長屋王が自殺するし、長屋王の呪いとか起こるし、広嗣の反乱起こるし悲惨やわ。俺には徳が無いんやわ。」って思い詰めます。
だからめっちゃ遷都します。場所のせいにしたみたいです。
けど、遷都遷都遷都って繰り返したこともあって予算もなくなります。もちろん国民の不満も結構ヤバイことになりました。
「ここもだめ。ここもだめ。一体どこなら落ち着くねん。」って感じです。
国分寺建立の詔
中央集権国家にしようと思ったら、地方の管理が大切です。それすら仏教に頼り出します。
それが、「国分寺建立の詔」です。
これは、諸国に「国分寺」と「国分尼寺」を1つずつ建立してくださいっていう詔です。仏教の力で何とかならんかね。
仏様お頼み申します。っていう感じです。
「まじで何とかしてくれぇ~」って感じです。
大仏造立の詔
「もうあかんと思ったけど、良い事思いついた。」って聖武天皇が悩みこんだ末に言い出します。
「大仏様やったら何とかしてくれるんじゃないかな?めっちゃ大きい大仏様!そうしよう!じゃあ、大仏を造ってください。これは詔です。」
って感じで「大仏造立の詔」が出されます。
橘諸兄とかは考えます。
「聖武天皇は詔とかって簡単に言うけど、誰がそんなん造れるん?」橘諸兄
「俺は無理やで」吉備真備
「もちろん俺も無理やで」玄昉
「ちなみに予算もあんまりないで」橘諸兄
「うわぁ、最悪やん」吉備真備
「どうする?これ詔やからな。なんとかせなあかんで。」橘諸兄
「これ、あかんかもしれんけどさ、行基さんに頼まへん?」玄昉
「行基ってあの朝廷に許可もらわんと布教してる行基?」橘諸兄
「あの人、許可は貰ってないけど、めちゃくちゃ良い人らしいで」吉備真備
「あの人なら大仏も造れると思うねん」玄昉
「そうなんや。頼んでみるか」橘諸兄
という流れで、行基に大仏造立を一任することが決まります。それが決まると行基は大仏造立の為の資金を集めるために寄付を求めて旅をします。
墾田永年私財法!
行基が寄付を募って旅してくれてますが、大仏を造るとなると、もっともっと予算は必要です。つまりはもっと税を払ってもらいたいわけです。
でも、みんな借りてる土地なんかでやる気出ません。だっていくら頑張っても返さないとダメな土地です。夜逃げも流行るし、ただのスキンヘッドの私度僧も増えてます。
夜逃げだらけのスキンヘッドだらけです。土地も荒れる一方です。
だから「三世一身法」が導入されましたよね。孫の代までは貸しといてあげるよ。と少しレンタル期間が延長されました。そしたら、みんな孫の代になったら逃げていきます。結局無駄です。もちろん開墾したらです。
税は欲しいし、土地も無駄にしたくない。だから、考えました。
「自分で開墾した土地はあげますよ。だから、税払ってちょうだい」
「え?くれるの?じゃあ、払いますよ。もちろんですとも!さあ!開墾するぞ!自分の土地ならやる気が出るぞ!」
って感じで税も払ってもらえて、土地も無駄にならず、土地は次々と開墾されて増えていくという流れができました。墾田永年私財法、743年です。
これってでも、公地公民は完全に崩壊したってことですよね。しかも、開墾なんてできるのは裕福な人だけです。ポイントです。
東大寺の奈良の大仏完成!
こうして、聖武天皇は平城京に戻り、東大寺にて大仏造立に取り掛かりました。
260万人以上の人で造りました。この頃って多分人口700万人くらいしかいないと思うので、大人の男ほぼ全員で造ったんですかね。
ひとつ残念なのは、行基がその奈良の大仏の完成を見ることができず、亡くなったことです。
完成した大仏は盛大にお披露目されました。
みなさんも一度は奈良に見に行ったことがありますかね?
次回は鑑真さんが出てきます。お楽しみに。
ありがとうございました。
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