中学生でも楽しく分かる日本の歴史⑫「桓武」という名の天皇の時代
前回は、道鏡と言う僧が仏教の力を中心としている時代だから故に、その立場と力を利用し、政治に介入、さらには天皇になろうと企てたお話しを書きました。
今回は桓武天皇が大活躍する話を書いていきます。この天皇さんが平安京遷都の天皇です。
下にYouTube解説あり。
桓武天皇と藤原種継
やはり、優秀な側近と言えば「藤原」です。藤原のことは注目です。
そして、桓武天皇の時代を知る為にも道鏡の話は大切です。
どういう事かと言うと、鎮護国家で仏教が大切にされていて、鑑真が伝えた戒律もあったのですが、政治介入、権力ゲット、と目をぎらつかせる僧は道鏡さんだけじゃなかったんです。
「こんなんアカン。平城京におったら僧たちの影響が大きすぎる!」桓武天皇
「スキンヘッドヤンキーが多い!」桓武天皇
「長岡京に遷都してはどうでしょう?」藤原種継
「長岡京って山背国(京都)の下の方の?」
「そうです。いい具合に川があって都合良いですよ。」種
「それいいな。じゃあ、種継に都づくりお願いしちゃうわな」桓武
「まかしてください」種
こうして、長岡京に遷都することにしました。
中大兄皇子も蘇我氏の権力が行き渡った場所では政治改革やりにくいからすぐ遷都しましたよね?桓武天皇も同じ理由です。
道鏡と蘇我氏も似てますもんね。場所変えて根っこから解決しようとしたって感じです。
でも、遷都するとかってみんなが賛成じゃなかったりするんですよ。反対な人達もいるんです。その反対な人達によって藤原種継は暗殺されてしまいます。
首謀者は藤原氏と敵対していた貴族でした。しかも、桓武天皇の弟もグルやったんちゃうかと言われてしまって、それが本当か分からないまま弟を配流にしてしまいます。その護送中に弟は亡くなります。
794年 平安京に遷都!1000年以上の首都京都!
弟が亡くなってからというもの悪い事ばかりが起こります。
「呪いかな。早良親王(弟)のたたりじゃないか。」桓武
「長岡京はたたられてるっぽいですね」
「清麻呂もそう思うか。」桓武
「そうっすね」和気清麻呂
和気清麻呂って覚えてますか?(笑)
称徳天皇に道鏡の言うてることほんまか確かめてきて!と言われた清麻呂です。宇佐八幡宮神託事件の人ですよ。
この人は桓武天皇に仕えてました。
「実は、長岡京の整備もあんまり進んでません。飢饉とか川の氾濫とかあって大変なんです。呪われてるから進みません」清麻呂
「困ったなぁ」
「山背国にいい場所ありますよ。遷都した方がいいです。自然に囲まれてますし、川も流れてます。遷都しましょう」
「そうしよか。唐の長安みたいな都にしような」
こうして、今で言う京都に正式に遷都が行われて、この都は「平安京」と呼ばれました。鎌倉幕府ができる頃までを平安時代と呼んでいます。
また唐の長安みたいにしようって言うてます。
「律令制度」再び!桓武天皇の政治
再び出ました。律令です。桓武天皇は律令制度を整えることに尽力します。
国司の人がみんなから一旦税を集めていたのですが、ちょろまかす奴がいたわけです。多く徴収して自分の利益にしたりしてる奴ですね。最悪です。
そういった不正ができないようにするために勘解由使(かげゆし)という役人が監視役として配置されるようになりました。
こういった勘解由使などの役職を「令外官」と言いました。ざっくり言うと「律令」の「令」の外の管理ってことです。
税の負担を減らしてあげたい
班田収授法ってありましたよね?
口分田を貸し与える制度です。土地貸すから税払ってよ~ってやつです。こういう制度があるんですけど、みんな逃げちゃうんです。税払ってられないからっていう理由で夜逃げ流行りました。
「班田収授法がだめですね。みんなやる気出せてないですもん」和気清麻呂
健児の制(こんでいのせい)とは?
この辺もざっくり理解していてください。
まず「健児の制」って言うのは、国司の役所である「国衙(こくが)」って言う場所の警備員のことです。
今までは、この警備役を訓練受けた農民がやってました。これも税の内でした。
労働することも税の内だったんです。
忙しすぎて可哀そうですよね。だから桓武天皇が「健児の制」出します。
「これ農民がやるんじゃなくて、郡司の子どもにやらせたらええねん。」桓武
「余裕ある人がこの警備やってくれたら、みんなの負担減らせますもんね。」
「これで夜逃げ少しは減らせるやろ」っていう感じです。いいですね。
雑徭の半減と公出挙の利息
桓武天皇はまだまだって思っていました。
「でもまだ夜逃げ多いわぁ~」って。(笑)
だからやっぱり、もっと税の負担を軽減させてあげたいなぁって考えていたんです。
「国司のもとで60日間働かないとあかん雑徭あるやん?」
「ありますね」
「あれ半分にしてあげようや。ただ働きが60日ってきつすぎるで」
これにやっと気づきます。(笑)
「あと、公出挙(くすいこ)っていう稲を貸した時の利息あるやん?あれ5割ってあかんと思うねん。3割にしてあげようや」やっと気づきます。(笑)
こんな感じで、桓武天皇は税の負担を軽くすることで夜逃げを減らし、農耕の仕事に専念できるように政治をしました。
「税安くしてあげたいけど、こっちも税貰わないと苦しいからなぁ。みんながある程度払ってくれたら解決やけどほとんど逃げてるし・・・」
こういう悩みもありました。
荘園とは何か?
荘園ってなんだ?これは是非知っておいてください。大切です。
墾田永年私財法があるから開墾すればその土地は貰えるのは覚えてますか?
でも、自分たちで農地を開墾させるって誰もができることじゃないですよね。裕福な人達しかできないんです。
そこで、裕福な人(リッチマン)たちが動きます。いつの時代にもこうやって賢く稼ぐ人たちはいるんです。勉強になりますね。
「班田収授法が嫌で逃げてるところですか?」リッチマン
「そうなんですよ。もうやってられなくて。」夜逃げ
「そしたら、私のところで働きませんか?また新しく開墾しようと思っているのですが、どうでしょうか?もちろん、私の土地なので、あなたが支払う税はありませんよ」リッチマン
「え?いいんですか?働かせてください!」夜逃げ
こうやって、人を雇って開墾させていく土地を荘園って言います。めちゃくちゃ重要ポイントです。
普通に考えて、班田収授法で口分田借りて税払いながら生活するより、裕福なリッチマンの開墾手伝って雇ってもらう方が良い生活できます。
自分で借りてたら税払う必要ありますからね。なんせ税に注目です。
なので、どんどん荘園が増えていきますし、リッチマンの持つ土地も増えていきます。
だからリッチマンの権力も高まっていくというわけです。
じゃあ、この土地と権力を持つリッチマンはどうなっていきますかね?想像してみてくださいね。
この荘園の仕組みがこの後の時代の変化の大きなきかっけとなりますので、しっかり理解しておいてください。
ありがとうございました。
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