中学生でも楽しく分かる日本の歴史⑮嵯峨天皇の政治 薬子の変
前回は仏教界の2人の天才・最澄と空海の話をしました。
下にYouTube解説あり。
桓武天皇は地方政治
桓武天皇の政治の中心は蝦夷討伐や平安京への遷都や都の造営などだったと思います。
それと密教を認めたことです。今までの仏教のあり方は、仏教と政治が近すぎる関係にあったため、僧も政治に介入していた時代でした。
そんな仏教のあり方に困った桓武天皇は、仏教の中の秘密の教えと言われる密教を認め、最澄や空海といった天才2人に、寺を作り天台宗と真言宗を開き一般人に布教することを許可しました。
許可したというか、その方が都合が良かったんですよね。だって、実力のある人に本当の仏教のあり方を広めてもらった方が、自分達が政治やりやすいですからね。
密教を学びたかったら、本気で打ち込まないとダメですか、政治なんかに関わってられません。
令外官も勘解由使とかでしたね。
これが、桓武天皇の行った政治の流れです。地方政治って感じです。
桓武天皇の息子 平城天皇と嵯峨天皇
さて、この平城天皇(へいぜいてんのう)と嵯峨天皇(さがてんのう)というのは、桓武天皇の息子です。つまり二人は兄弟です。兄が平城天皇です。
桓武天皇の次に平城天皇が一旦即位するのですが、病気がちだったので、すぐに嵯峨天皇に位を譲ります。よくあるパターンですね。あるあるネタです。
薬子と平城天皇 薬子の変
この平城天皇は覚えやすいです。この人は名前の通り、天皇を辞めて上皇になってから平城京に行っちゃいます。
平城天皇には大好きな人がいました。
その人は「藤原薬子(くすこ)」です。また藤原です。女性です。馬子とか妹子とか男でしたけど、薬子は女性です。
桓武天皇のもとで頑張っていた藤原種継の娘です。相方同士の子ども達ってことです。
この薬子さん、平城天皇のもとでめちゃくちゃ出世したんですけど、平城天皇がすぐに辞めちゃったから、焦りました。
薬子は兄とも仲良くしてたので、二人で言うわけです。
「平城上皇を天皇に戻して、都も平城京に戻そうや」ってね。
それで3人で、作戦考えます。
「平城京にはさ、まだ平城京が都が良いって思ってる人いっぱいおると思うからさ、そういう人集めよ。そんで平安京に攻め込も!」って感じの作戦です。
桓武天皇と種継が都を平城京から長岡京に遷都させた時に、そんなん嫌!平城京が良い!って思ってた人がいました。そういうこともあって種継が暗殺されちゃったりしましたよね。
だから、平城京には味方になってくれる人が沢山いるって思ってました。
けど、この作戦失敗します。これにより、藤原薬子と藤原仲成(兄)は捕まってしまいます。
しかも、この二人のこと捕まえたのは、坂上田村麻呂って言われてます。坂上田村麻呂いるのに喧嘩売るとか勇気ありますよね。勝ち目なしです。
薬子と仲成の2人は死んじゃいます。薬子は毒で死んじゃったみたいです。
平城天皇は出家したみたいです。
この平城天皇率いる薬子チームが起こした「平城京に帰りたい」というわがままを「平城太上天皇の変」、もしくは「薬子の変」って言います。
令外官!蔵人頭・藤原冬嗣
この薬子の変の時に、嵯峨天皇側の情報が薬子の陣営に漏洩していたことがありました。嵯峨天皇は何とかしないといけないと考えます。
そこで出された案が、令外官の蔵人という機密情報を守る役職を置きました。この蔵人の長のことを「蔵人頭(くろうどのとう)」って言いまして、選ばれたのが「藤原冬嗣」です。
機密情報を守る特殊部隊ってかっこいいですよね。CP9みたいな感じですかね。藤原冬嗣はロブ・ルッチってことです。かっこいい。
藤原の血の流れ 北・南・式・京
藤原鎌足(中臣鎌足)が藤原としての権力を築き上げて、息子の不比等が引き継いで大宝律令編纂(へんさん)の大活躍しましたよね。
その後って思い出してくださいね。呪いでやられた4兄弟がいましたよね。
何となく読んでください。
四兄弟の長男「房前」の家系が「北家」って言います。この流れが「藤原冬嗣」です。この藤原冬嗣が特殊部隊である蔵人頭になることで力を持ち、藤原の宗家になります。
次男の「武智麻呂」の家系が「南家」で、恵美押勝です。藤原仲麻呂っていう名前だったけど淳仁天皇から名前貰った人ですね。道鏡と戦いましたよね。この戦に負けているので途絶えています。
三男の「宇合」の家系が「式家」って言います。息子が種継だったので一番出世していました。その子供が仲成と薬子です。ここで途絶えます。
四男の「麻呂」にはもともと後継ぎがいませんでした。一応「京家」って言われてます。
よって、今後出てくる力のある藤原は「北家」の者たちということです。これが宗家です。
嵯峨天皇の政治 中央政治
桓武天皇が令外官として勘解由使を置くなどして地方政治に力を入れたのに対し息子の嵯峨天皇は、中央の政治に力を入れました。
怪人・文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)
この文室綿麻呂という男は薬子の変の際、最初は薬子側の陣営についていました。なので、捕まってしまいます。
けれど、最強の将軍・坂上田村麻呂に許されることで解放されます。
坂上田村麻呂は文室綿麻呂の才能に気付いていたのかもしれません。阿弖流為のことも助けようとしましたもんね。
この文室綿麻呂が薬子の変の翌年蝦夷を完全に制圧してしまいます。
嵯峨天皇は地方のことに時間を割いていられないということで、坂上田村麻呂も認めた怪人・文室綿麻呂を派遣して一瞬で解決したかったんですね。
令外官・検非違使 登場
検非違使(けびいし)は京の警備につく最強の護衛集団のことです。今までは農民たちがやっていましたけど、完全な専門家を令外官として置きました。
この令外官とかは、ごっちゃになると思いますが、かっこいいキャラを頭で想像すると覚えられますよ。
弘仁格式(こうにんきゃくしき)
今まで政治をする上で大切にしてきたのは「大宝律令」とか「養老律令」でしたが、時代が進むにつれて不具合が生じてきました。
だから、不具合に合うように「補足」したり「修正」したりしたんですね。これを「格」って言います。
それと、決めた法律を出すときの細かいルールのことを「式」って言います。
そして、嵯峨天皇が編纂させたものが「弘仁格式」です。
律令体制を根本から変えるとかではなくて、不具合が起きたら令外官を置くとかして、律令体制を維持していこうって感じです。
嵯峨天皇もかっこいいですよね。しかも嵯峨天皇は字がめっちゃ綺麗でした。空海と一緒に三大達筆メンバーの「三筆」の一人に数えられてるほどです。
こんな感じで嵯峨天皇の政治はお父さんの桓武天皇とはどう違ったのかっていうふうに見ると分かるかなぁと思います。
ありがとうございました。
寝屋川市学習塾 COGN at place
