中学生でも楽しく分かる日本の歴史⑰学問の神様・菅原道真!律令崩壊!醍醐天皇の政治
前回は、藤原良房や藤原基経らが摂政や関白に就任し、他紙排斥を行ったことを書いていきました。
今回は学問の神様が出てきます。
下にYouTube解説あり。
令外官 蔵人頭・菅原道真登場
「阿衡の紛議」でお馴染みの関白・藤原基経さんがお亡くなりになり、藤原氏にピンチが訪れます。
「阿衡の紛議」により宇多天皇に「俺は働かない」ってボイコットしちゃったこともあり、基経の死後は「菅原道真」が蔵人頭に選ばれました。
蔵人頭は機密情報を守る部隊のリーダーでしたね。冬嗣さんがやってたやつです。
宇多天皇は側近が行う政治にうんざりしていたので、関白を任命する気がありませんでした。
ってなると、天皇自ら政治しないとダメですよね。これが「天皇親政」です。
この天皇親政を実現するために「菅原道真」を蔵人頭に任命したってことです。
藤原では怖かったのかもしれません。
宇多天皇はちゃんとした「律令体制」に戻そうとしました。
遣唐使の中止を提案
諸説あるようですが、やっぱり、藤原氏がこんなこと黙っちゃいないです。菅原道真に権力取られて天皇親政なんて面白くないわけですよ。
「菅原道真さんを遣唐使大使に任命しちゃいませんか?」藤原氏
「なんで?」宇多天皇
「菅原さんなら上手い事やってくれますよ。学者出身ですし。」藤原氏
「そうなん?じゃあ、菅原道真を遣唐使大使に任命する」宇多天皇
「了解です。じゃあ、遣唐使は中止します。やめます。」菅原道真
「は?」宇多天皇・藤原氏
「いや、もう唐は滅びそうですから、学ぶことは何もないです。もうやめます。中止!!!」菅原道真
ってことになりました。894年です。
国風文化
聖徳太子の頃に成功した遣隋使から長年、大国の文化や政治の在り方を学ばせてもらってきたわけですが、菅原道真さんがこれを中止させます。
そこから、外国からの文化や情報のやり取りが無いわけですから、日本独自の文化が進化していきます。
だから「国風文化」って言います。
宮中警護 滝口の武士
この時代って令外官の「検非違使」とかも出てきていて本格的な軍事のプロ集団が出てきている時代でしたよね。
だから、各地にいた有力農民や豪族とかが武装していたんです。
これが所謂、「武士」として認知されはじめます。この武士たちの中で、宮中の警護を任される者たちがいました。これが、「滝口の武士」です。
かっこいい警護の軍事集団2つ目です。
侍の登場!
そして、貴族たちも自分たちの領地や身の危険を守るために「侍」を雇います。
侍も、もちろん武士です。侍は人に仕える者という意味があります。
延喜の治 醍醐天皇の天皇親政
宇多天皇の後は、息子の醍醐天皇が即位します。この時の醍醐天皇の右腕と左腕を紹介しますね。
右大臣の「菅原道真」と左大臣の「藤原時平」です。菅原と藤原は因縁の対決です。
この2人を醍醐天皇は高く評価して重用するのですが、醍醐天皇は関白を置くことはしませんでした。でも同じくらいの権力では納得できなかった人がいます。
それが、藤原時平です。この人があることをします。さあ、何でしょう?
「菅原道真は謀反を企てている。」
でました。デマ作戦。ほんまに多いですね。
これを、醍醐天皇に密告するんです。
これにより菅原道真は太宰府に左遷されちゃいます。これが昌泰の変(しょうたいのへん)と言われています。藤原氏の他紙排斥が止まりません。
醍醐天皇の関白を置かずに政治をし続けた天皇親政を「延喜の治」って言います。このあとの天皇の理想の政治の仕方って言われてます。
律令体制の崩壊・・・
醍醐天皇は律令体制を整え直そうと頑張りました。
政治面では「延喜格式(えんぎきゃくしき)」です。
過去に出てきた弘仁格式の進化系って思ってください。これで法の整備を行いました。
この「延喜格式」が最後の格式となります。
延喜の荘園整理令
醍醐天皇といえば最後の班田を行った人でもあります。
班田を行うために大切なものって何ですか?
それは「戸籍」です。
この戸籍があるから、どこに誰がいるっていう管理ができていたわけです。でも、税を払いたくないから夜逃げする人が多かったんでしたね。
みんな払いたくないんです。
だから、徳島のとある地域の戸籍には「男59人/女376人」っていうのがあったらしいです。
嘘に決まってるやん!っていう比率です。
「へー男少ないんやなぁー」じゃないですよ。(笑)
みんな女装してたんです。女性だと税払わなくても良かったからです。
戸籍の情報のちょろまかしです。こんな状態だと税集まらないじゃないですか。
だから、政府がどうしたかって言うと、余裕のある農民に直接「土地耕して」ってお願いして耕させたんです。で、その人達からの税をちゃんと集めることで、完全に集められないってことを防ぎました。
これがありなら、まあまあ効果ありますよね。
「え?それってありなんや!」ってなると、他の皇族とか貴族も真似します。
直営業が流行ってきます。
でも、これって律令体制が崩れてるってことですから、醍醐天皇は思うわけです。
「こりゃアカンわ。律令体制がヤバイ。直営業やめさせな」醍醐天皇
それで出されたのが「延喜の荘園整理令」です。
でも、時すでに遅し・・・戸籍の誤魔化しも直営業も収拾つかず、律令体制は遂に完全に崩壊してしまいました。
古今和歌集編纂
醍醐天皇は政治面だけでなく文化面でも働きました。それが「古今和歌集」の編纂です。これも覚えておいてくださいね。

という感じで終わりにしておこうと思います。菅原道真は今では学問の神様って言われています。みなさんも受験の前は京都の北野天満宮に行って「日本史勉強しました」って報告して媚びうると効果が増すかもしれません。(笑)
冗談です。
でも、僕は毎年北野天満宮の神様に受験生のことを伝えてくるので、このブログを読んでくれてる全員のこと「よろしくお願いします」って言うときますので、一緒にめっちゃ勉強しましょうね。
ありがとうございました。
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