中学生でも楽しく分かる日本の歴史㉑源氏の成長!源頼信と源頼義 「信と義」の親子
前回は藤原の最盛期である「道長」と「頼道」にまつわるお話を書いていきました。
この藤原氏が絶対的な権力を持っている時期に朝廷とか貴族は武士の力を頼らざるを得ない状態に追いやられていたわけです。
平将門とか藤原純友が乱を起こしたからです。武力には武力で対抗するしかないと考えていたわけです。それで宮中の警備で「滝口の武士」とか雇ってましたよね。
清和天皇の血筋 清和源氏
武士の中でも清和天皇の血筋に当たる武士の清和源氏は藤原氏から気に入られてました。やっぱり源氏は別格やったんですね。
過去にちょろっと出てきたことがあるんですが、「安和の変」で源満仲って言う人が藤原氏を助けたこともあって源氏は成長していきます。
平氏と源氏
ここで、平氏と源氏が軽くぶつかる話をします。1028年のことです。
元々国司だった平忠常が千葉県辺りで反乱を起こします。
それを同じ平氏の平直方に朝廷は鎮圧をお願いするんですけど、直方が全然鎮圧できなかったんです。
3年頑張っても直方には無理でした。
「源頼信呼んできてくれへん?」藤原頼道
「源満仲の息子ですか?」
「そうそう」頼道
「なんでしょうか」源頼信
「平忠常が反乱起こしてて、直方行かしたんやけど、無理みたいやねん」頼道
「なるほど。私に任してください」源頼信
「頼むわな」頼道
という流れで、平氏の反乱を平氏は止めれなかったのを、源氏にお願いした構図ができるわけです。
そして、どうなるかというと・・・
「やばいです!やばいです!忠常さま」家来
「何?どうしたん?」平忠常
「直方の代わりに来たのが源頼信様です!」
「・・・まじ?」
「まじです・・・」
「降参しよ。まじで、急いで!早く謝りに行こ!」忠常
こんな風になったんですよ。
おわかりいただけるように、平氏と源氏には現状圧倒的に力の差があったんですね。藤原のもとで可愛がられてる源氏の方が強いんです。
「源頼信様ってめっちゃ強いな。逆らえないな」東国の武士
こうして、関東の武士たちも源氏の力を受け入れざるを得ない状態になったわけです。
蝦夷の血を引くもの 安倍氏
皆さんもご存知の蝦夷は坂上田村麻呂や文室綿麻呂によって制圧されていました。蝦夷も朝廷の指示に従って働いていたわけです。
この東北の陸奥国のトップとしていたのが、安倍頼良です。
安倍氏は蝦夷の血を引いてると言われているそうです。
この安倍頼良が反乱起こします。結構反乱多いです。藤原氏が戦ってないだけで、外では争い増えてます。ポイントですね。
この安倍氏がやっぱり強いんですよ。なんせ蝦夷の血が流れてますからね。アテルイの力ですよ。
安倍氏vs源氏
朝廷が群を送るんですが、どうにもならんと敗北するので、遂に源氏を送り込みます。
源頼信の息子の源頼義を陸奥国の国司として派遣するわけです。
それで、どうなるかと言うと
「まじで?源頼義様来たの?」安倍頼良
「来てます。しかも、陸奥国の国司やるって言うてます。」
「それはやばいな。どうしよ?」安倍頼良
こんな感じで安倍氏は焦ってたわけです。
そんな時に藤原彰子が亡くなります。彰子と言えば道長の娘です。
だから、揉めてる場合じゃないって意味なのかは分かりませんが、朝廷側が安倍氏に対して「罪を免除する」って言いました。
「これは源頼義様に謝罪しに行かないとあかんわ」安倍頼良
「そうですね」
「しかも、名前も変えるわ。頼義様と名前同じとか迷惑やと思うし・・・頼時にするわ」安倍頼時
「そうしましょ。源氏には逆らったらだめですよ」
こうなるくらい源氏は権力抜群でした。
源氏の力が藤原氏のもとでどんどん高まっていく過程は学校ではどのくらい習うのか知りませんが、分かりましたでしょうか?
細かく「なぜ」の部分に目を向けると記憶の定着に差が出てくると思います。
次回も源氏の話です。
ありがとうございました。
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