ブログ

Blog

中学生でも楽しく分かる日本の歴史㉕平清盛の活躍!平治の乱!源頼朝登場!

前回は「保元の乱」が起こり、源義朝と平清盛が活躍したが、出世したのはなぜか清盛だけだった話を書きました。

前回はこちら^^

今回は、その出世していった平清盛がどのように行動していったのかを書いていこうと思います。「平治の乱」です。

下にYouTube解説あり。

源義朝の謀反・・・打倒信西!!

後白河上皇の側近として「信西」が一番の権力を持っていたとすると、藤原信頼が二番手で権力を持っていました。

ここで信西に評価してもらえなかった源義朝と信西が邪魔で二番手の藤原信頼が、共に信西を倒そうと結束するわけです。

信西を倒すとなると容易ではありません。重要なのは天皇と上皇の存在です。

自分たちが天皇陣営に謀反を企む謀反人だと思われて作戦を実行するのか、我こそが天皇陣営である朝廷軍と思われて作戦実行するのかは全く状況が違います。

武士たちも朝廷に逆らう謀反人の味方にわざわざなりたくないわけです。

天皇と上皇を捕えてさえいれば、「自分達が朝廷軍だ!」って名乗れますよね。

こうすることで、藤原信頼と源義朝は信西を自害にまで追い込むことができました。が、この謀反が清盛の耳に入ります。

なんせ、天皇と上皇を捕まえるって謀反のレべルマックスです。

二条天皇の脱出計画

平清盛はまず、二条天皇を取り戻す必要があると考えました。

まず、謀反人の藤原頼信と源義朝は信西討伐のタイミングとして清盛が遠征に出かけている時を狙いました。

だから、清盛は留守やったんです。留守中に信西がやられて、天皇と上皇が幽閉されたことを知ります。

清盛は都に戻ると藤原信頼に挨拶しに行きます。

「俺は敵ではありません。ほんまです。」清盛

「そうですか。頼りにしてますよ」藤原信頼

清盛は信西さんが2人にやられたとしても味方ですよ。ってアピールしといて、油断させる作戦に出ます。

この隙をついて二条天皇を脱出させるわけです。

二条天皇を女装させて、牛車か馬車に乗せました。面白いですね。

諸説ありそうな話は自分の中でインパクト強めの面白いものを採用してください。

後白河上皇は自力で抜け出したみたいです。ポテンシャル凄いですね。

平治の乱

こうなってしまっては、朝廷軍が平清盛で、謀反人が藤原信頼なのは他の武士たちからしても分かりやすいです。

よって、清盛に救助された二条天皇が勅命を出します。

「謀反人2人を討伐せよ!!!」

この勅命を清盛が受け、起こった争いが「平治の乱」です。

この争いは朝廷軍と謀反人の戦いなので、圧倒的な戦力差があったため、清盛率いる朝廷軍の勝ちとなり、平氏の力が上がっていくきっかけとなりました。

平清盛と源頼朝の顔合わせ

こうして、藤原頼信と源義朝は処刑されるわけですが、息子たちも処刑してしまえと指示したのが清盛でした。

この義朝の三男が後の征夷大将軍「源頼朝」なわけなのですが、ここで斬られていたらこれから先出てこれないですよね。どうなるのか。

「義朝の息子は処刑する。そいつも斬ってしまえ」清盛

「わかりました」家来

「・・・・。」源頼朝

「待ってください!!!」清盛の継母

「なんですか?」清盛

「頼朝くんは息子に似てるから、処刑は見逃してあげてください」清盛の継母

「わかりました」清盛

日本史業界の大スター「平清盛」と「源頼朝」の2人の対峙シーンです。

これが源頼朝が生き残って源氏を倒し、鎌倉幕府を開くまでのスタートです。

時代は平氏!政治もビジネスも!

「保元の乱」と「平治の乱」で源氏は低迷していきました。

謀反人でしたから当然ですね。

それとは逆に平氏は朝廷軍でしたし、清盛はトップでしたから権力マシマシです。

清盛は天皇と上皇を助けてますから政治に関する力も持ち始めます。

清盛は武士として初めて「公卿」に任命されます。

日宋貿易!神戸の港・大輪田泊

それと、清盛と言えば「日宋貿易」です。

お父さんと一緒に海賊を取り締まったことで海の権限は手に入れたお話はしましたね。

神戸の大輪田泊(おおわだのとまり)っていう港を拠点にして、めちゃめちゃ儲けました。商売の才能もあるビジネスマンでした。

さらに清盛は朝廷の最高職の「太政大臣」にまで就任しました。

最高職の良いところの一つが、朝廷の役職を平氏で固められるってことです。

こうして、平氏の権力は凄いことになっていきます。

権力者の信西も藤原信頼も源義朝もみんないないですから、清盛の権力がどれくらい凄いことになるかは想像できますね。

清盛は一年くらい太政大臣をやりましたが、出家します。後白河上皇も出家して法皇になりました。

清盛は自分の娘の徳子を高倉天皇に嫁がせて皇族との繋がりを強めていきました。

「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」つまり

「平氏じゃない人は人間じゃない」って言う人がいたくらい平氏の権力は莫大でした。

鹿ケ谷の陰謀

でも、後白河法皇は平氏に権力がありすぎるから不満を持ってたんです。

だから、鹿ケ谷っていう場所で平氏の悪口を言いながら「平氏打倒計画」を立ててしまいます。

でもこれが清盛にバレます。

「全員斬首じゃ!!!!」清盛

出家してるとは思えない発言です。

「父さん待って!法皇様は平氏の為に色々やってくれたから許してあげて」重盛

「・・・わかった」清盛

これが「鹿ケ谷の陰謀」って言われてる事件です。

息子の死

清盛は息子の「重盛」の言う通りに法皇には何もしなかったんですが、この後、重盛が病死します。

ここで、後白河法皇は重盛の領地を没収します。

「息子の領地没収とは何事じゃーーーーー!!!」清盛

清盛は後白河法皇を幽閉します。

これにより、院政は停止しです。

天皇の外祖父となる

そして、娘の徳子が安徳天皇を産みます。

清盛は天皇の外祖父となり、さらなる権力を手に入れていくわけです。

孫を子供の内に天皇にして自分が政治の実権を握るというあるあるパターンを清盛もしました。藤原摂関家方式です。

地頭任命

清盛は西日本を中心に武士を「地頭」っていう役職に任命していきました。土地の管理とか治安維持が仕事の役職です。

この頃の国司は全国的に見てもほぼ平氏が任命されてます。

こうなれば、自由が行き過ぎて反発されるのも見えてきます。

清盛は福原京に遷都します。

この福原京は兵庫県なんですけど、大輪田泊があったからですかね。絶対そうだと僕は思っています。

https://youtu.be/9XNRc1Xfjn8
暑い・・・(笑)

次回はここから、平氏がどうなっていくのかを書いていこうと思います。

ありがとうございました。

寝屋川学習塾 COGN at place

次回はこちら^^
SHARE
シェアする

ブログ一覧

ページの先頭へ