中学生でも楽しく分かる日本の歴史㉗戦の天才・源義仲!倶利伽羅峠の戦い!平家の都落ち
前回は絶対的な権力を持っていた平氏を討伐するように以仁王が全国の源氏に対して令旨を出し、源頼朝が出陣したことについて書いていきました。
下にYouTube解説あり。
今回は遂に平氏が都落ちするお話になります。
戦の天才・源義仲と巴御前
平氏討伐の際に活躍した源氏が信濃(長野)の源義仲です。
木曽義仲で知っている方も、ここでは「源義仲」で書いていきます。
この義仲はカッコ良いです。家臣が「義仲四天王」って呼ばれていたり、「巴御前」って言う女武士を相棒にしてたりします。
巴御前は義仲の幼馴染で妾とも本妻とも言われています。
義仲は戦の達人です。
以仁王の令旨が届いてからの義仲の活躍はめちゃくちゃ凄いんですが、中高生が習う事はあまりないので、大まかな話だけ書いていこうと思います。
義仲の軍勢の勢いは止まりません。義仲の有名な戦いには「倶利伽羅峠の戦い」があります。石川県と富山県の間での戦いです。
倶利伽羅峠の戦い
この戦いは凄いです。源氏の義仲軍は5000騎しかいなかったのに対して、平氏の維盛軍は4万騎もいました。
平氏圧倒的優勢かと思いきや、義仲は戦いの達人ですから、そうはいきません。
平氏4万vs源氏5千っていう戦力差で平氏は油断するんです。
義仲はそれを見逃しません。平氏は崖の手前で陣取ってたんですが、それを義仲は逆手にとって左右から挟み撃ちにします。
しかも、ただの挟み撃ちではなくて、「火牛の計」っていう牛の角に松明括り付けて突っ込ませたんです。
この牛の突撃により平氏軍は崖に落とされてしまいます。
戦力差なんて関係なく圧勝してしまう戦いの天才・義仲です。
どうでしょうか?源義仲さんかっこいいですね。
でも、この「火牛の計」は無かったかもって言われてたりもします。
いや、物語として面白くするための創作と思ってください。
でも、そうだとしても、義仲ならやりかねないだろうっていう可能性があったからこそのエピソードです。
源義仲という人の人物像を知るヒントにはなりますよね。
平家の都落ち
源義仲の活躍により平氏は都を追い出されます。
この時、安徳天皇は平氏に連れ去られて、一緒に「三種の神器」も持って行かれました。
これで、清盛に幽閉されていた後白河法皇も帰ってきます。後白河法皇は、真っ先に京に到達した源氏の義仲を「旭将軍」と呼び称えていました。
けれど、都は飢饉などにより荒廃していました。だから、義仲は良い暮らしができないで満足していませんでした。
義仲は都で略奪行為をしたり自由に振舞います。なので、治安が悪化していきました。
義仲が源氏で一番最初に京に入りましたが、義仲には世の中を変えていけるような政治的な才能はありませんでした。
でも、それを分かっていないような人でもありませんでした。
義仲と源頼朝
義仲と違い頼朝には政治ができる才能もあったし、それをサポートできるような賢い家来も沢山いました。
義仲の家来は戦いに関して言えば優れている者たちばっかりでしたが、政治ができる人はいませんでした。
義仲は武士の棟梁になるのが自分だとも思っていませんでしたが、頼朝は自分が棟梁になることを目指していましたし、その為になら手段を選ばない残虐性もありました。
だから、義仲は頼朝に自分の息子を人質に与えて、自分が反逆する気がないことを示していました。
でも、義仲は京に入ってからの自分たちの家来の管理ができなかったんです。
平氏を都落ちさせて、ヒーローにもなれたはずの義仲でしたが、頼朝とは違い政治面で人の上に立って国を統治していくような才能はなかったんです。
傍若無人に振舞う義仲
「ちょっと、義仲さあ、部下が略奪行為してるのなんとかならへん?」法皇
「いやいや、平氏を都から追い出したのは俺やで」義仲
「それはそうやけど」法皇
「なら、これくらい許さなあかんやん」義仲
「・・・。」法皇
こんな感じです。これを何とかしないとって後白河法皇は思いました。
ちゃんと統率も取れてなかったんだと思います。
「頼朝に何とかしてもらおう!」法皇
こうなるわけです。
「頼朝くんへ 義仲が言うこと聞いてくれないので、討伐してください。法皇より」法皇
「なるほど。おーい。義経、範頼、義仲討伐してきてー」頼朝
こうなるわけです。
宇治川の戦い
義仲は自分たちに討伐命令が出てることを知ると院を攻めました。それから法皇を幽閉して京を制圧します。
そこへ、義経が率いる2万5千の兵がやってくるわけです。
「宇治川の戦い」です。
義仲は紛れもなく戦の天才でしたが、それをも凌駕する天才が義経でした。
しかも、この戦は完全に義経が朝廷軍であり、義仲は朝敵なので義経軍が圧勝します。義仲は数百の仲間しかいませんでした。
義仲に圧勝した義経はそのまま京に入ります。
義仲と巴御前の有名なエピソードです。
義仲は五人の仲間だけ連れて逃げていました。その一人が巴御前です。
「巴は逃げろ。女のお前は逃げれば助かる。」義仲
「いやです」巴御前
「逃げろって。女を連れて最後の戦いに出てたとか言われるから逃げてくれ」義仲
「・・・わかりました。そしたら私の最後の戦い見ていてください」巴御前
そう言って巴御前が有名な強い武士と鉢合わせた瞬間にその武士を斬首したのが有名エピソードです。
そのまま巴御前は義仲の前から消えていきました。巴御前は義仲の最後を知りませんでした。
義仲が自害するために義仲四天王の今井兼平が時間稼ぎをしました。
「わたしが時間を稼ぎます。あの松の木の下が良いと思います」兼平
しかし、「旭将軍・義仲」は滋賀県辺りで打ち取られてしまいます。
みなさんも是非、戦の天才「旭将軍・義仲」を覚えておいてください。
そして、次回は鎌倉に戻った源頼朝が行った政治について書いていきます。
ありがとうございました。
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